「あさが来た」の五代才助(友厚)は史実でも浅子に恋をしていたのか?

「あさが来た」の五代才助(友厚)は史実でも浅子に恋をしていたのか?

NHKの朝ドラ「あさが来た」も、6週目に突入しました。

視聴率は、相変わらず好調のようですね!
週間平均視聴率は、以下の通り。

第1週:20.3%
第2週:20.2%
第3週:21.4%
第4週:22.3%
第5週:22.8%

10月28日には、自己最高の23.7%を記録したんですって!!
スゴイな~♪

毎朝、元気なあさからパワーをもらっている私ですが、今、一番気になっているキャラクターが、ディーン・フジオカさん演じる五代才助(友厚)です。

ドラマでは、あさに恋をしている五代。
大人になったあさと再会した時に、「それでこそ、おいが見初めたおなご」と言っていましたね。

しかし、あさが加野屋の白岡新次郎に嫁いでいることは、既に五代も知っています。
第5週の現段階では、人妻のあさに対して、恋というより好意を抱いていると表現した方が、妥当でしょうか。

でも、五代は確実にあさに惹かれていくんですよ♪

ところで、史実でも五代才助(友厚)は、広岡浅子に恋心(というか好意)を抱いていたのでしょうか?

 

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史実での五代才助(友厚)と広岡浅子の関係は?

さて、しょっぱなからガッカリさせてしまって申し訳ありませんが、史実では五代才助(友厚)と広岡浅子の間にロマンスはありません!(キッパリ!!)

「あさが来た」で描かれている2人のエピソードは、完全なるフィクションですね。(苦笑)

私は、原作本の「小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯」(古川智映子著)を読んでいますが、この中では五代と浅子の次のような交流が描かれていました。

浅子が所有する炭鉱が爆発事故を起こし、銀行設立も頓挫しそうだった頃のことです。
実家の三井家の法事で、浅子は五代からこんな言葉をもらっています。

「へこたれたらあかん」
「勝たなあかんで、負けの人生は惨めや」

浅子にとって、五代は憧れの実業家であり、それほど親しいというわけではありませんでした。
この時の会話が、ほぼ初めてだったと記されています。

しかし、この二つの言葉は浅子の胸に突き刺さり、彼女は自身のモットーである“九転十起生”を、改めて誓うのです。

この原作本では、五代才助(友厚)は殆ど登場しません。
ドラマでは、実に上手くこのキャラクターを作り上げたなと思いますね。

やはり、ちょっとした恋のお話が盛り込まれていると、見ている側もワクワクします♪

実際の五代才助(友厚)と広岡浅子の間には、ドラマほどの接点はありませんが、(2人についてもっと知りたい!)と思った方には、コチラの本をご紹介させていただきます。

この本の著者・原口泉氏は、「あさが来た」で時代考証を担当しているそうですよ。

 

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五代才助(友厚)は、あさの女性実業家としての才能を開花させた師匠だった!

歴史上の五代才助(友厚)の年譜は、以下の通りです。

1835年 薩摩藩士の五代秀尭の子として産まれる。
1854年 父が死去。後に郡方書役となる。
1857年 長崎海軍伝習所で学ぶ。
1862年 上海へ渡航。
1863年 薩英戦争で捕虜となる。
1865年 イギリスなどを視察。
1868年 新政府の参与・外国事務局判事、外国官権判事、大阪府県判事を歴任。
1869年 官職を辞して、実業家となる。
1875年 大久保利通、木戸孝允、板垣退助らが集まった大阪会議を斡旋。
1878年 大阪商法会議所を設立して会頭となる。
1880年 大阪商業講習所(後の大阪市立大学)を設立。
1881年 開拓使官有物払下げ事件。
1885年 49歳で死去。

そして、五代才助(友厚)が設立した会社がコチラ ↓

1869年 大阪通商会社・大阪貿易会社設立 金銀分析所設立。
1870年 大阪活版所設立(活版印刷の大阪の嚆矢) 薩摩藩より堺紡績所掛を命ぜられる。(大阪の機械紡績の嚆矢)
1873年 弘成館創立。(鉱山経営の統括機関)
1876年 堂島米商会所開業、朝陽館創立。(製藍所)
1878年 大阪株式取引所創立、大阪商法会議所創立(大阪商工会議所、初代会頭)、大阪商業講習所。(大阪市立大学)
1881年 大阪製銅会社創立、関西貿易社創立。
1882年 共同運輸会社創立、神戸桟橋株式会社創立。
1884年 大阪商船株式会社創立、大阪堺鉄道会社創立。

ふわぁ~・・・スゴイですねぇっ!!

五代才助(友厚)は、「東の渋沢栄一、西の五代友厚」と称され、「大阪近代経済の父」と呼ばれていました。

彼は西洋の事情に詳しく、グローバルな考えの持ち主。
大きなビジョンと、先見の明を持った五代の導きを得て、あさは少しずつ女性実業家としての才能を開花させていきます。

あさにとって五代は「師匠」であり、精神的な支えとして、彼女の人生に大きく関わっていく人物なわけですね。
史実にはなかったコイバナにも、思わず期待をしちゃいます♪

ところで、実際の五代才助(友厚)さんは、もちろん結婚してお子さんもいました。

1867年に坂本広子という女性と結婚し、長女・治子(のちの松子)をもうけます。
しかし、その後離婚・・・

そう、彼はバツイチなんですね!

1870年には豊子という女性と再婚しています。

子供は全部で、娘が4人に息子が2人。

劇中、五代があさ以外の女性と結婚するかどうかまでは分かりませんが、今後の2人がどんな風に交流して成長していくのか・・・(五代の恋心は、あさに伝わるのか?)
非常に楽しみですね♪

最後に、五代才助(友厚)を演じているディーン・フジオカさんのコメントをご紹介しておきます。

「五代は、実業家へと成長していくあさを導いていく人物です。
何かを変えていく力をあさに感じ、自分と同じにおいをかぎとったのでしょう。
そこには同志的な感情もあるかもしれませんが、女性としてはピュアさに惹かれているのでしょうね。
だからあさの夫である新次郎とはぶつからざるをえない。
好きな女性の夫への対抗心と、あさのためにしっかりしてあげなさいよという、ふたつの気持ちがあると思います。」

へー・・・
そうなんだぁ♪

やっぱり、新次郎とはぶつかっていくんですね!
個人的には、五代のあさに対する恋心を、ビンビンに感じながら見ていけたらいいな~と思っています。

 

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